2010.03.10 Wednesday
【第11話】北陸の気持ち×車窓
「ここんとこ、急に人が増えたなぁ・・・」そんなつぶやきが聞こえてきそうな「北陸」「能登」の兄妹。
兄妹といのは、「北陸」が、やはりお兄ちゃんで、「能登」が妹のような気がするからです。
実際、「北陸」という名称の列車が先に生まれ、「能登」という名称は、だいぶ後に命名されたはずであります。
しかも、ボディの色も、昔の事はさておき、今現在は、「北陸」は元祖ブルトレ色の青で、「能登」は、こだま色で赤い。
そんなふたりが仲良く並んで共演するのが金沢駅。
ですが、金沢駅はもちろん、お互いがばらばらに発着する上野駅でも、最近はすごい人だかりだそうで。
あすか事件以来、JRさんもピリピリムードが、なお一層増してきている感もあり、
“日常主義”の私は、このようなラストランが近づくと、一切近づくことはしないのです。
それでも、きっと「北陸」「能登」兄妹は、普段の日常の中で撮影していた私に対して、
「いつも気にとめてくれていてありがとう!今までも何度も乗車してくれてありがとう」
と言ってくれていると思っています。
(まぁ、わかりませんが・・・そう思っているということにしています)
そんなお二人さんなのですが、
妹の「能登」は、年も若いせいか、まだもう少し臨時ではあるものの、延命することになり、
お兄さんの「北陸」だけが、廃止ということで、このダイヤの世界から旅立つことになってしまいました。
きっと、あちらのダイヤの世界では、
「ゆうづる」や「北星」など、かつて尾久客車区で肩を並べたブルトレ全盛期の仲間たちが、
「お疲れ様!」と声をかけて、待っていてくれることでしょう。
ブルートレイン全盛期、「北陸」は、どちらかと言えば、14系寝台で、
24系や583系もある「ゆうづる」や、なんとなく華々しかった「はくつる」などのに比べ、
「北星」とともに、地味な存在だったように思います。
きっと当時は、「北陸」も、
「なんか、『ゆうづる』とか『はくつる』は人気があっていいなぁ・・・」なんて、ぼやいていたかもしれませんね。
ところが、東北新幹線などの開業で、次々人気者だった「ゆうづる」「はくつる」が廃止になり、
いつの間にやら「北陸」が、上野駅では異彩を放つブルートレインとして、注目されるようになりました。
「長いことやってると、モテ期ってあるんだなぁ〜」なんて思っているかもしれませんね。
しかし、それも最後のつかの間で、いよいよ「ゆうづる」「はくつる」のように、最後の時を迎えてしまいました。
でも、その前に、「北陸」も、力を振り絞って、
ブルートレインの名に恥じぬよう、最後の力走をしているに違いありません。
私は、当然、最後の時を、近くで見送ることはしません。
しかも、出張で、今日から、全く「北陸」とは無縁の地の徳島に行くので、
遠く、四国の地から、テレビの報道や新聞などのマスコミで
最後の時を見守ることになると思います。
でも、それで良いのです。
私は、「なは」「あかつき」「はやぶさ」「富士」「銀河」・・・みんなそうやって見送ってきました。
あまり騒がれていない、日常の閑散とした時に列車に乗り、
「今日も乗ってくれてありがとう」
と言ってくれているんじゃないかと思いながら車窓を撮影することが、私なりのスタイルだからです。
なんとなく廃止になる列車は、鉄道ファンならだれでもわかると思うのです。
なので、私も、いつもそのような列車に乗るたびに、
「いつまでも走ってくれよ!」という気持ちと同時に、
「今日が最後かも知れないね・・・」と心の中でつぶやきながら、乗っているのです。
さて、いよいよ、「北陸」号もラストラン。
「北陸」号も、「さぁ、最後!俺の最後の姿を、きっちり目に焼き付けとけよ!」と、勇ましく走ってくれることでしょう。
今回は、そんな「北陸」号の車窓から、当然、上野駅出発時点の車窓です。
車内放送やハイケンスのセレナーデはもちろん、
北陸へ向けて、真夜中の都会のネオンの中を走りぬけていく「北陸」の車窓をご堪能頂けたらと思います。
当時撮影した時は、SD画質のVX2100ですが、
さすが、当時の民生機最高峰のビデオカメラだけあって、
夜間撮影でもかなり明るいです。
これも、以前の「ふるさとゴロンと」の時と同じように、
マスターテープはめちゃくちゃ綺麗なのですが、
その臨場感がネットでは伝えきれないのが残念です。
大きなカメラで撮影した為、
長岡での方向転換でカメラの位置変更をするのが難しく、
出発時点で、長岡からの進行方向向きで撮影した為に、
後方に流れる車窓を撮影する形ですが、
それも、なかなか味があって良いですよ!
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